「往人さん、次の信号を左です」
「諒解した」
 鉄の歴史館に向かう際一時停止した信号の、一歩手前の信号を左折する。左折した先は先程より更に急な降り坂で、ふと右上方に目を向けると、数時間前に駆け抜けた道が、十数メートル上に見えた。
「ははっ、鉄の歴史館に向かうまでは登り坂の連続だったが、今度は降り坂の連続か。今まで登りが続いた分、坂を下るのは爽快なものだな」
「でも往人さん、帰る時は今降りた坂を登らなきゃいけないんだよ?」
「むっ、言われてみればそうであったな……」
 急な降り坂ということは、帰る際には当然急な登り坂へと変わるのだ。帰りにこの坂を登らなければならないことを考えると、正直気が滅入って来る。
「到着〜〜」
 坂を降りて暫くすると、次の目的地である「釜石大観音」が見えて来た。観鈴は到着と行ったが、正確には大観音の駐車場に到着したのであって、目的の大観音は駐車場より少し先の方に見える。
「ほう、色々と飯所があるな」
 駐車場の周辺には土産物屋と並列する形で飲食店が営まれていた。今が正午過ぎということもあり、ついつい目が行ってしまう。
「観鈴、時間も時間だし、そろそろ昼飯というのはどうだ?」
 既に空腹状態になっていることもあり、私は昼食を取ることを観鈴に提案した。
「いいよ。でも大観音に着いてから」
「着いてから? 上にも何かしらの飲食店があるのか?」
「ううん。お弁当持って来たから。一緒に食べよ、往人さん」
「弁当か」
 確かに、周辺には弁当を広げて昼食を取れるような空間はない。店で食べるのも悪くはないが、観鈴の手料理はなかなか美味い。それに弁当の方が安価で経済的だ。
 そういった理由から、私と観鈴は周囲の土産物屋や飲食店には目もくれず、釜石大観音に向かって行ったのだった。


第弐拾壱話「55年目の夏」

 エスカレーターや階段を利用し、釜石大観音を目指す。途中の登り坂をエスカレーターで登ったので多少は楽だったが、その後暫くは階段を登る羽目になった。どうも朝観鈴の家を発ってから登りの連続で、精神的な疲労感に見舞われてしまう。
「ほう、これが釜石大観音か」
 疲労の残る身体を抱えながら、右方を見る。その先には巨大な観音像が鎮座していた。姿を見る限り女性の菩薩像で、言わば日本版自由自由の女神像とも呼べるものだった。
「ではお待ちかねの、昼食タ〜〜イム!」
 意気揚々と観鈴がバスケットを開ける。バスケットの中に入っていたのはサンドイッチだった。
「ほう、サンドイッチか。何を挟んでいるのだ?」
「ノリにメンマにチャーシュー。ちょっとラーメンっぽいかな?」
「なっ!?」
 観鈴の語ったサンドイッチの具に驚愕する。観鈴自身自覚しているようだが、それはサンドイッチの具と言うよりはラーメンの具だ。
「さ、たーんと召し上がれ、往人さん」
「う、うむ……」
 恐る恐る私はサンドイッチを口に近付ける。サンドイッチ自体あまり口にした経験はないが、少なくとも今自分が口にしようとしている物が、異端なサンドイッチであることは観鈴の話から分かる。
 しかし、このサンドイッチを口にしなければ、観鈴は当然悲しむ。ここは無理矢理にでも口にし、例え不味くても「美味い」と答えるのが観鈴の為なのだ。
「むうっ、これは!?」
 サンドイッチを口にして驚いた。どんなに不味い味でどんな言い訳をすれば良いかだけを考えながら口にしたが、意外にお世辞無しに美味いと言えるサンドイッチだった。
「どう? 往人さん」
「美味いぞ。パンにラーメンの具など合わんと思ったが、よくよく考えればパンも麺も元は小麦だ。故に違和感なく味わえるのだろうな」
「にはは。良かった、往人さんのお口に合って」
 観鈴は私がサンドイッチを口にする姿を笑顔で眺めつつ、自身もサンドイッチを食する。私は私で時折観鈴の方へ顔を向けながら、海の方へ目を向け食する。
 水平線に挟まれた青空と紺碧の海を眺めつつ、観鈴と二人で取る昼食。それは何とも楽しみを感じられる昼食会だった。



「観鈴、大観音の方へは向かわないのか?」
「うん。お楽しみは後に取ってた方がいいから。今はこっち」
 昼食後、すぐにでも大観音に向かうのかと思ったが、そうではなく、観鈴は大観音に隣接する仏舎利塔の方へ向かって行った。
 仏舎利塔というのは、仏教の開祖である釈迦の遺骨を安置した塔のことを指す。無論、安置されている遺骨が本当に釈迦の遺骨かどうかは定かではない。重要なのは真贋ではなく、この場所に釈迦が眠っていると思い、信仰の祈りを捧げることだろう。
 神は死んだ――は、ドイツの哲学者ニーチェの有名な言葉だが、私は想像上の神に祈りを捧げる信仰心はない。しかし、現代に仏教という名の宗教が存在しているということは、少なくとも開祖に当たる人物は現実に存在していたと言える。
 その人物が釈迦かどうかは私には分からない。だが、二千年以上も語り継がれた宗教の偉大な指導者を拝むのも悪くはないと思いつつ、私は仏舎利の前で手を合わせ祈りを捧げた。
「さて、次はお待ち兼ねの大観音攻略〜〜。往人さん、HP、MPは大丈夫? 薬草、毒消し草なんかのアイテムは持った?」
「?」
 いざ、大観音に入ろうとした矢先、観鈴が意味不明なことを訊ねて来た。私はどう答えたら良いかさっぱり分からず、口を閉ざすしかなかった。
「あっ、でも往人さん魔法剣士っぽいから、ポーションは持たなくても大丈夫かな? さっきお弁当食べたからHPは40近くは回復しただろうし、後はMP対策にエーテルをいくつか持てば大丈夫かな?」
「観鈴、先程からお前が何を言っているのかさっぱり分からんのだが?」
 これ以上意味不明なことを訊ねられても困るので、私は観鈴に訊ね返した。
「う〜ん、分からないかな往人さん。今のはRPGの例え」
「RPG? ああ、確か『ドラクエ』なるゲームがそんな分類をされていたな」
「うん。HP、MPっていうのは体力や魔力の値を指していて、つまり大観音を塔に見立てて攻略するつもりって言えばいいかな?」
「大体の意味は分かった。しかし、塔に見立てたと言うことは、この観音像は登れるのか?」
「うん。中は空洞になっていて結構上まで登れるよ」
「そうか。準備は万端だ。早速大観音攻略といくか!」
「うん! いざ、冒険の旅にしゅっぱーーつ!!」
 私は観鈴に合わせるかの様な返答をし、大観音の中へと入って行った。



 大観音内部は、拝殿、三十三観音堂などで構成され、いかにも仏教的な信仰に基づいて造られた建造物という感じだった。これらの神々は基本的に想像上の神々で、特にこれといった信仰心は持てない。私は仏像の類をただ観察するだけで、特に手を合わせて拝むなどの行為には走らなかった。
 三十三観音堂より上は展望室までの階段の様で、狭い観音像の胎内に敷かれた螺旋状の階段をひたすら上を目指し登る。途中七福神の仏像が置かれてあったが、少し眺めた程度で先程同様手を合わせて拝んだりはしなかった。
「う〜ん、七福神かぁ。七福神じゃなくて、七英雄だったら面白かったかな? にはは」
 登る途中、観鈴が意味不明な言葉を述べたが、独り言の類だと思って、特に声を掛けなかった。
「ようやく到着か」
 螺旋状の階段を上へ上へと登り、ようやく展望室が見えて来た。胎内から展望室へ出ると、海上から吹く風が私の身体を遮った。下を眺めれば地上数十mの所に自分がいるのが分かる。これだけ高い場所にいれば、自然と吹き付ける風も強くなるのだろう。吹き付ける風を身体に受けつつ眺める景色は、なかなか風流なものだった。
「にはは。こうして風を受けながら海を見てると、往人さんと出逢った日のことを思い出すな」
 私同様身体に風を受けつつ海を眺めている観鈴が、そう訊ねて来た。
「そうだな。あの時とは景色が異なるが、眺めている空と海が同じ物であることに変わりはない」
「うん。ねっ、約束してくれるかな往人さん。いつか二人で一緒に海に行こうって?」
「海? 今も海に行っているようなものじゃないのか?」
「ううん、この間とか今みたいに眺めてるんじゃなくて、直接砂浜に降りて海を眺めるってこと」
「そんな些細なことならいくらでも約束してやる」
「うん。約束だよ、往人さん」
 いつか二人で海に行こう。そんな些細な約束を交わし、私と観鈴は大観音を後にしたのだった。



「次の目的地は『尾崎神社』という神社だな」
「はい」
 次の目的地である『尾崎神社』に向け、自転車を走らせる。一応ここで今日のフィールドワークは終了の予定だ。
「往人さん、次の角を左です」
「むっ、分かった」
 釜石駅を北に、商店街の中を走る。観鈴の指示するがままに商店街の通りを左に曲がる。
「ぬおっ、これは!?」
 左折して暫くすると徐々に道が細くなり、目の前には細く急な坂が待ち受けていた。
「往人さん、この先です」
「この先だと?」
 道は車一台がやっと通れる程の細道で、とてもこの先に観光名所があるとは思えなかった。しかし、地元の人間である観鈴が指示するのだから、間違いなく目指す神社があるのだろう。
「ええいっ、何故こうまでこの街は坂が多いのだ!?」
 坂道を登る最中、私はそんな愚痴をこぼした。朝から向かう場所向かう場所が坂道ばかりで、そろそろ我慢の限界だ。
「仕方ないよ、この街の海岸部はリアス式海岸だから」
 観鈴曰く、リアス式海岸というのは壮年期の山地が沈水し形成された海岸を指すという。つまりは、山の一部が沈んで形成された海岸であるから、海岸部と山間部に隔たりがなく、必然的に海と山に囲まれた街になると言う。
「ふぅ、ようやく着いたか」
 細く急な坂を登り、ようやく目的の神社へと着いた。神社の周辺は鬱蒼とした森林が広がり、森全体に蝉の鳴き声が響き渡っている。
「観鈴、済まんが一息吐きたい。すぐに追い付くから先に行ってくれんか?」
「うん、分かったよ往人さん」
 いくら力で体力は回復出来るとはいえ、一呼吸置かなくては身体が持ちそうにない。私は1分弱深呼吸などをして身体の調子を整え、神社へと続く階段を登り始める。
「あれっ、橘さんじゃないの?」
(んっ!?)
 階段を登り始めると、上の方で観鈴の苗字を呼ぶ声が聞こえた。声の掛け方からして観鈴の知り合いのようだが、苗字で呼んでいることからもそれ程仲の良い者でもないように感じる。
「あたし達もこの神社調査してるんだけど、橘さんは誰と組んでるの?」
「あっ、えっと、その……」
 高校の同級生らしき3人組の少女達にに訊ねられ、観鈴は困惑する。
「観鈴、無駄話などしていないで、さっさと調査を終わらせるぞ」
「あっ、はい!」
 旅の男と共に調べているなどとは答え難いだろう。かといってこのまま観鈴を晒しておくのも可哀想だし、私はとにかく先に進ませるよう声を掛けた。
「誰っ、あの男の人? クラスにあんな人いたかしら?」
「どう見ても高校生には見えないよね? 橘さんの彼氏かな?」
「へぇ〜、友達いなさそうなのに、やることはやってるのね〜〜」
 後ろの方から聞こえて来る少女達の声。やはり私の背格好からして観鈴の同級生には見えないだろう。しかし、どうも観鈴の悪口を言っているように聞こえて、癪に障る。
「観鈴、さっきの者達は一体誰なのだ?」
 少女達が完全に立ち去ったのを確認し、私は観鈴に少女達が何者であるか訊ねた。
「うん。わたしのクラスメート」
「友達とは違うのか?」
「うん……。顔とか名前知っている位のクラスメート」
 観鈴の言葉に従う限り、単なるクラスメイトのようだ。観鈴を苗字で呼ぶことといい、そして陰口を叩く所といい、仲が良さそうには見えない。
「しかし、先程の話を聞く限り、フィールドワークは誰かと組んでやるものなのか?」
「うん。本来はね」
「観鈴は誰かと組んでいるのか?」
「えっと、わたしは……。にはは、わたしのパートナーは往人さんだけだよ」
 少し困惑した後、観鈴は笑顔で答えた。わたしのパートナーは往人さんだけか。つまり観鈴には共にフィールドワークを行うクラスメイトがいないということか。高校での人間関係まで追及する気はないが、ひょっとして観鈴には友と言える同級生がいないのではなかろうか?



「ほう、これは」
 石段を登り続けもう少しで神社という所で、ある物が目に付いた。それは今上天皇がこの神社に訪れたことを記念した碑だった。通常の人ならば目にも止まらず過ぎ去る所だが、これでも千年の時を遡れば皇族に辿り着く身なので、まったく血の繋がりを持たぬ赤の他人よりは親近感を覚え、自ずと目を向ける。
「天皇陛下がこの神社にいらっしゃったっていうことは、すごく意味のあることなんですよ」
 私が立ち止まったことに呼応してか、観鈴が話し掛けて来た。
「だろうな。天皇は神道の頂点に立つ者だからな。ローマ教皇が教会を訪れるのと同等の名誉だろう」
「それもあるけど、もっと重要な意味があるんですよ」
「もっと重要?」
 それはやんごとなきお方がご来訪為さるというのより重要な意味を持っているということか。その意味も確かめるべく、神社への道を急いだ。
 そこから少し石段を登った先に、ようやく目指す神社が見えて来た。
「この尾崎神社のご祭神はヤマトタケルで、伝説によれば北方遠征の際、この地方を訪れたっていう話です。往人さんの話が本当なら、ヤマトタケルは実在した人かもしれませんね」
 確かに、皇祖神天照を始めとした三貴士が実在した人物となれば、その後の時代の人間である日本武尊が実在した可能性は非常に高い。
 そして、日本武尊と言えば、この草薙の太刀の伝説上の所有者だ。恐らく、日本武尊も私と同じ能力者だったのだろう。それもかなりの手練の。
「そしてその時この地に訪れた記念として剣を大地に刺して行ったと伝えられてるんです。その剣はこの神社の奥の院っていう場所に明神として奉られてるんです。その剣は、言わば日本版エクスカリバーっていう所かな」
「エクスカリバー?」
「知りませんか? イングランドの英雄アーサー王が所有していたと言われるアマダンタイトって言う特殊金属で鍛えられた剣で、岩に突き刺さってるんです。それでその剣を抜けた者はあなたこそ世界を救う素質ありって言われて最終試練に行かされる……んじゃなくて、王としての素質ありって認められるんです。
 でも、エクスカリバーは伝説の域を出ない剣で、実際大地に突き刺さっているこの神社の剣の方が、価値があるかな?」
 観鈴の話で、エクスカリバーという岩に突き刺さった伝説の剣の名を知ることが出来た。しかし、大地に突き刺さった剣か。非常に興味がある所だ。
「その剣が安置されている奥の院は、この神社のどこにあるのだ?」
「う〜ん。奥の院っていうのは、ここから結構離れた場所にあって、この場所には安置されてないですね。わたしも一度も見たことありませんし」
「そうか。それは残念だ」
 この場所にないならば仕方ない。今はその剣を見るのが目的なのではなく、観鈴のフィールドワークに付添うのが目的なのだ。そう思い、大地に突き刺さった剣を見ることは、あっさりと諦めた。



「往人さん、ここです。この祠が、天皇陛下がこの神社をご来訪された大きな意味を持つ社なんです」
 観鈴に案内された社、それは本殿の側に建てられた、小さな祠だった。
「この祠には先の大戦の釜石艦砲射撃で尊い命を落とされた方々の御霊、そしてこの街出身で戦争で命を落とされた英霊が奉られているんです」
 戦争で命を落とされた英霊! その言葉を聞いて、観鈴の言う大きな意味がようやく理解出来た。そう、つまりこの社はかの靖國神社と同質の役割を持っているのだ。
「成程な。靖國ではなく、こんな街のどこにでもある社なら、参拝しても誰も文句は言わんな」
「はい。陛下は色々な事情があって靖國神社に奉られている英霊のご供養をすることは叶わないけど、でもこうやって地方の神社をご参拝されて英霊のご供養をすることは出来るんです」
 そう、中韓圧力で、日本の首相や天皇は靖國神社を参拝することは出来ない。しかし、地方の招魂社などの英霊を奉る神社を参拝することは誰も文句は言わない。それは中韓が単に英霊が奉られているのは靖國だけではない、ということを単純に知らないからだろう。
「しかし、靖國でも奉られていて、ここのように地方でも奉られている。魂は一つなのに、数ヶ所で奉られているというのは、何とも奇妙だな」
 私はどうでもいい疑問を投げ掛けた。空想上の神々とは違い、数多の英霊達は嘗てこの世に存在していた者達だ。無論、彼等には家の墓もあるだろうし、仮にこの世に魂が存在していた場合、その魂はどこにあるかということだ。
「う〜ん、どうなんだろう? 英霊さん達の魂は普段は各地の招魂社にいて、決まった日だけ靖國に集まってるんじゃないかな?」
「そう思う根拠は?」
「やっぱり、英霊さん達も自分の生まれ故郷の方が居心地がいいんじゃないかな? 靖國神社は同窓会場みたいなもので」
「靖國が同窓会場か。なかなか面白い例えだな」
 実際の所魂が本当に奉られているかどうかさえ分からないのだが、靖國が同窓会場という観鈴の例えはなかなか面白いと思う。
 多くの兵士達は「靖國で逢おう」と言って戦火に倒れて行ったと聞く。そう考えれば成程、確かに靖國神社とはそういった英霊達が集う同窓会場なのかもしれない。
(そういえば、今年で55年か……)
 太陽が熱く照り輝く真夏の青空に目を向け、55年前の祖国に暫し思いを馳せる。あの屈辱的な敗戦を迎えた忘れ難き夏から、もう55年が経とうとしているのだ。
 55年、それは自分の祖父母の時代だ。父の顔さえ分からぬ自分には、祖父母の時代と聞くと遥か遠い時代の様に聞こえてしまう。
「この前の戦争は日本にまったく非の打ち所が無かったわけじゃないから、謝る所は謝らなきゃダメだと思う。でもね、その為に命懸けで戦った人達のことを咎めるのもダメだと思うんだ。
 だって、今のわたし達は、この人達の頑張りの先に存在してるんだから。人の命は永遠じゃないけど、多くの人々が築き上げる歴史の道は、ゴールのない果て無き道だから。
 みんながみんな良い人じゃなかったかもしれない。中には自身の命を守る以外の理由で人を殺しちゃった人もいたかもしれない。
 でもそんな人達も含めて、わたし達がこの人達に頑張ってくれてどうもありがとう。あなた達の築き上げた道は、わたし達が遥かなる未来へと繋ぎ続けます。だから安心してわたし達を見守っていてくださいって、手を合わせることが許されなかったら、この終わることのない歴史の道はいつかどこかで途切れてしまうから……」
「そうだな。今は祈ろう。歴史を影で支えた多くの英霊達の安らぎを」
 私は祠の前で祈った。戦火に倒れて行った人々の安らぎを。そして、我々が語り継がなければならない歴史の道が、これからも途切れずに永遠に築き上げられ続けることを。



「ねえ、往人さん。さっきのクラスメイト達に、彼氏って思われたかな?」
 尾崎神社の石段を降りる最中、観鈴がそんなことを訊ねて来た。
「さあな。それらしい言動は見せたが、いい意味での彼氏と捉えていた感はなかったな」
 彼女等の言う彼氏とは、深い繋がりを持った男女というよりは、軽い繋がりしか持たぬ男女というニュアンスに聞こえた。
「往人さんは、どう思ってるのかな……?」
「ん?」
「往人さんは、その……わたしのこと彼女とか、そういう風に思ってくれているのかなって」
「むっ……。いきなりそのようなことを訊ねられても返答に困る」
 観鈴の口から告白とも取れる言葉が出たことに、私は変に焦り言葉を返せなかった。
「にはは、残念。でも往人さん、わたしのこと『観鈴』って呼んでくれてる。それってやっぱりわたしが特別だからだよね?」
「そ、それは……。否定はせん……」
 観鈴の問い掛けを私は否定しなかった。思えば「あゆ嬢」、「真琴嬢」など、今まで出会った女性は皆、名前を呼び捨てにはしていなかった。それは女性に敬意を表しているから、というよりは単に距離を置いているだけな気がする。
 しかし、観鈴は違う。観鈴は名を聞いたその時からずっと呼び捨てだった。それは確かに自分にとって観鈴は特別な女性だからなのだろう。今まで出会ったどの女性よりも親しみを抱ける少女として。
「往人さん! もっと彼氏らしくしてくれてもいいのだよ? もっと仲良くしてくれても、いいのだよ?」
「観鈴……」
 確かに観鈴は私にとって特別な存在と言えるかもしれない。しかし、彼氏らしくと言われても、女性と付き合ったことのない身では、どう対応すれば良いのか分からない。
「彼氏らしくか。こんなもので良いのか?」
 私は共に歩く観鈴の手を軽く掴んだ。
「往人さん……」
「済まんな。彼氏らしくと言われて、この程度のことしか思い付かなかった。手を繋ぐ程度では不満か?」
「ううん……。これで十分、十分だよ……。ありがとう、往人さん」
 それは神社の石段を降り自転車に乗るまでの、刹那の出来事だった。初めて握る観鈴の手。その掌の温もりはまるで観鈴の心の温かさを表わしているかの様だった。
 互いに互いの温もりを感じるかの様に手を繋ぎながら歩き、そして私達は神社を後にしたのだった。


…第弐拾壱話完

※後書き

 この話はちょうど劇場版AIRを見た直後に書き始めたということもあり、前回より劇場版のネタの比率が高いです。ここ数話は往人と観鈴ちんちか出さない予定でしたが、劇場版のネタをやりたいが為に、劇場版における観鈴のクラスメートを登場させました。恐らくもう出番はないでしょうが(笑)。
 さて、久々に右寄りなネタ満載でしたが、これらのネタは単なる趣味という理由もありますが、一応物語にまったく関係のないネタという訳ではありません。ネタバレになりますので詳しくは語りませんけどね。

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